わいざんオンラインサロン

“自分が我慢してることをやってる人”を攻撃する人たち

昨日、Twitterを見てたら「300人動員いかなかったらDJをやめる」という考え方が気に入らない、今すぐやめてしまえ!とツイートしてる人がいました。

なるほど、そりゃそう思う人もいるよな、と思ってリツイートしたら元ツイートを削除され、今度は「某DJ」という書き方になって炎上商法がどうの、こういうことをする奴は嫌いって切り口に変わってた。

いや、申し訳ないけどこんなことで炎上するほど僕は注目されてない(笑)

photo by #カメラマンおかざきゆか

炎上しない炎上商法って…誹謗中傷されるよりそう言われる方が恥ずかしいんで、できれば誹謗中傷だけに留めておいてください。

それはそうと、発信をしてるとこんな風に色々言われる事はある。捉え方はマジで自由だと思う。

ただ、批判の切り口が「ファンに失礼」とか「大事なことならどんな状況でも続けろ!」というものであれば、僕も世の中に対して伝えておきたいことがある。(この人ではなく世の中ね)

世の中に伝えたいメッセージ

黙って続けることが美徳って考え方はもうやめにしませんか?

例えば、転職する時。僕は2007年に1度目の転職をしたけど、散々無責任だって言われた。期待されてるんだから最後までやるべきだろ!と。

いや、その言葉以上の無責任ってないよね?と、僕は思う。仕事をやめたとしても僕の人生は続いていく。その責任を負うのは他の誰でもなく自分しかいなくて、その僕が「これ以上、この仕事を続けてるのは違うな」って思ったから別の仕事をしようと思った。

このどこに無責任さがあるのか?僕の人生の責任を他の人がとってくれるのか?

お前のことを目にかけてやってたのに…とも言われたけど、相手を縛る応援ならいらなくね?って思う。もちろん、それと感謝は別。ここまで育ててくれてありがとう、それは思ってる。それも込みで、それでも僕はこうしたいって話なわけで。

やめても人生は続いていく

DJをやめたとしても、僕は理念である「挑戦する誰かの背中を押すこと」「本気で楽しむ大人を増やすこと」ってことを世の中に伝える行動はやめない。

こう書くと行動は変えてもいいけど理念は持ち続けろって聞こえるかもしれないけど、それさえ人のステージによって変わることは全然あるだろう。

よくあるのがこんな話。ある飲食店が閉店したとする。すると、人々はこう口にする。

「経営が厳しかったのかな?もっと行けばよかった」

こうなった時はもう遅い。

おそらく、本当にダメになる前にそれが言えなかったのは、途中で諦めたら良くないという思い込みのせいなんじゃないのか?そんな世の中にしてるのは誰だ?

本当にダメになるまで助けを求めれない世界は優しくない

これは僕の友人である、姫路でスナックキャンディ姫路という飲食店を経営するhideさんのfacebook投稿。この記事の内容をfacebook投稿したら記事のシェアと共に、こんなことが書かれてた。

hideさんとは意見が違うこともたくさんあるけど、これに関しては完全同意。

来てくれるお客さんの事を考えるなら「助けて!」を言う。

このタイミングは僕は早ければ早い方がいいって思うわけです。ギリギリまで苦しまないと助けを求めてはいけないのか?目に見えてダメになってないと助けは求めてはいけないのか?

本当にダメになるまで続けないと理解されない世の中なんて優しくない。

我慢して抱え込んで…本当にダメだって時にはもう手遅れ。それを美徳とするのはもうやめようって言いたい。

何が失礼かはファンが決めること

何を持って続けれないと判断するのはその人の自由でしかない。お金なのか、時間なのか。僕は限られた時間の中で3ヶ月をなんの手応えもなく過ごすことはできないなって思ったから決断した。

「ファンに失礼」というのなら、何が失礼かはファンが決めれる。自分の意見をファンの総意とするのは何よりも失礼なことじゃない?

本当にダメになるまで黙ってがんばってほしいって思ってる人もいれば、苦しいときは早めに教えてほしいって思ってる人もいるだろう。

僕はここまで、できないことは早めに助けてって言おうと発信してきた。そんな僕のまわりにいる人が、僕がやめた後に「実は続けるのが前から厳しくてね…それでも我慢してたんだけどね…」って話すのを望むはずもない。

自分で選べばいい。こうあるべきは必要ない。

ただ、それで誰も耳を傾けてくれなかったら…そう思うと怖い。めちゃくちゃ怖い。それは自分が今までやってきたことが届いてない、もしくは的外れだったってことを可視化することになるからだ。

めちゃくちゃ恐怖と共にやってますよ。こんなのテクニックであるはずがない。

自分が我慢していることをやってる人に反応する

ただ、本当に自分がそれでいいと思ってたら、イチイチ人の決断に反応したりしないよ。

僕は別に何も言わず抱え込んで1人でがんばってる人を見ても「何やってんだ!そういうのは許せない!早く共有するのがファンへの誠意だろ!許せない!」とは思わない。

自分が我慢してることをやってる人を見ると人は反応する。

僕の行動は、売れてなくて自分を犠牲にしながら活動を続けることを選んでる人にはそりゃ腹立たしいだろうと思う。

けど、本当にそれを望んでる人なら何も思わないだろう。僕が何をしようと関係なく自分の信じた道を進めばいい。

本当は苦しいんじゃないのか。弱さを見せれない自分自身が。

自分を縛ってるのは自分自身

繰り返しになるが、僕はこの文章をあのツイート主に対して書いてる気はさらさらない。

僕の発信を読んでくれている人の中に、自分の行動にタブーを作り、それで自分自身を苦しめてる人がいるならば…そんなのはもう捨てたら?捨てて大丈夫だよって言いたいから書いてる。

助けを求めたいなら、助けを求めたら反応があることを羨ましいと思うなら、即刻そっちの生き方を目指した方がいい。

僕はタブーを作る人を責めたいわけでない。自分を縛ってるのは「これはしたらいけない」と思ってる自分でしかなく、そんなのはいつでも変えれるよって言いたい。

僕はここで300人動員できなくて1年間そのまま続けて、数年後にダメでしたってやめるくらいなら、この3ヶ月間に凝縮させたいと考えただけ。

自分の決断に対しては自分が責任を負う

長く続けてたらもしかしたら何かチャンスがあるかもしれないし、何が正解かはこの時点では誰にもわからない。

だから、自分で決めて全責任は自分で負う。それだけで、それに対して外からごちゃごちゃ言うのはやめといた方がいいよって思うわけです。自分の中のタブーを増やすだけですから。

続けれるためには?という前提で、いろいろアドバイスや客観的意見をくれてる方々の意見はめちゃくちゃありがたいなって思いながらひとつひとつ聞いてます。ただ、そういう人たちは「お前の決断は間違ってる」「こういうのは嫌い」とか言わないでしょ。

それさえなければ、その上で自分の思うことを伝えるのはいいというかめちゃくちゃ大事なことだと思います。そこは安心してください。優しい人ほど、こういう話をすると何も言えなくなってしまうからねぇ…それは僕が最も望まないところ。伝えるって本当に難しいな。

東名阪ツアーただいまの状況

チケット状況

東京 31人
大阪 33人
名古屋 13人

合計 77人

300人まであと、223人!

何度もいうけど、大事なのは集まってくれた人に何を見せれるか?というところ。1発限りのお祭りがしたいわけじゃない。その辺を今、めちゃくちゃ考えてます。どうやったら来てくれた人の心に刺さるパフォーマンスができるか?

DJわいざんのライブを見ると「自分もやってみよう!」って行動に移してくれる人が多い。その理由をなんとかして伝えてたくさんの人に見に来てもらいたいなぁと思ってます。

がんばります!

写真:#カメラマンおかざきゆか

\ツアーについて詳しく知りたい人/

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\今年は全国でTwitterセミナーも開催/

わいざんの考え方に興味がある人は是非ご参加ください。話すことは机上の空論ではなく、全てぼくが経験したことからの内容です。

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