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自分の感受性くらい自分で守れ、ばかものよ|自分の感じたことを自分の言葉で言えてますか?

自分の感受性、大事にしてますか?感受性とは物を感じ取る能力です。これがおもしろい!とか、これが楽しい!とか。もちろん、ポジティブなものだけでなく、つまらないとか悲しいとかでも。自分の外側から来るものを、どのように捉えて受け入れる能力ですね。

僕は、この力は基本的に誰にでも備わってると思っていて、それが表現できるかどうかだと思うんですよね。今日はその感受性について書きます。マーケティングパートナーとして、ビジネスのサポートをしておりますわいざん@yzan_travelと申します。よろしくお願いします。

 

自分の感じたことを自分の言葉で言えてますか?

早速ですが聞いてみよう。

自分の感じたことを自分の言葉で言えてますか?

僕は言えます。おもしろいなって思ったものは、誰がなんと言ってても「おもしろい!」って言うし、そうでなく感じれば、わざわざ言う必要がなければ無駄に言ったりはしないけど、意見を求められたり、言うべき立場にある時は言います。

僕がおもしろい!と感じたものを「おもしろくない」という人がいてもいいし、逆があってもいいと思います。でも、人に言われてこれを変える人ってマジで情けないなって思うんですよ。

 

区役所に行ってきました

ちょっと話は逸れるけど、先週、僕は区役所に行ってきました。それを逐一Twitterにツイートしてました。知ってる人は知ってると思うんですが、僕はこういうとき、めちゃめちゃフットワークが重いんですね。申請系はテンションがだだ下がりして、なかなか動けないんです。


こんな感じでね。

まぁ多くの人は知った事ではないこの情報。でも、僕を好きな人は喜んでくれるんですよ。それが嬉しかったりもします。

静岡の晴さん

北海道のHello!JUNetさん

同じく北海道のスケッチ

まぁホント僕が区役所に行こうが行くまいが、全くもってどうでもいいことなんだけど、こうやっておもしろがってくれるのは嬉しいものです。

その後もなかなか行かない…

その後も、なんかそれっぽいツイートをしてみたり。


何故か病院に行ったり…(花粉症の薬貰いにきました)


郵便局に行ったりとね。

まぁよくも我ながら、ただ区役所に行くってだけの事をここまで引っ張るなって思う。マジでうざいな、と。でもですね、区役所に着いたというツイートには意外と反応があってびっくりしました、マジかよみんな。

区役所到着ツイート

住民票ゲットツイート

いいねが70件にコメント9件って(笑)

祝福のコメントばかりでした。いや、本当に励まされました。みんなありがとう!

本人より大げさな人も

エンタメ力って(笑)


実際に寿司もちゃんと奢ってもらいました。

ただ、ウダウダ区役所に行っただけなのに、エンタメに感じてくれる人もいるんですね。いやすごい。

 

おもしろいかどうかは自分で決める

この一連の流れを見て、当然「おもしろくない」という人もいるでしょう。全然その通りだと思う、むしろおもしろがれる人の方がすごい。

「おもしろい!」という人も「おもしろくない!」という人も、どちらもすばらしいと思う。それが感受性だから。その気持ちは他の誰のものでもなく、あなただけのものだから大事にしてほしい。

だけどね、いちばん情けないのは「おもしろい!」って思ってたのにも関わらず、誰かに言われてその感情を殺す人。これはマジで情けない。情けないどころの話じゃない。

いや、これ下手にSNSを学んでる人はよくあるでしょう。誰かに言われて自分の感情を殺すことが。

方法論とかでなく、感情を人に言われて無理に抑えている人のなんと情けないことよ。それだけは他の誰のせいにもしてはいけない。自分で決めないと。自分のいちばん大事な感情を殺してる人に、誰が共感するのだろうか。

おもしろいと思った自分の心に申し訳ないとは思わないのか。むしろ、そう思うに至った過程は、その人の人生の積み重ねであり、生きてきた証みたいなものです。それを他の誰かに簡単に侵されてもいいものなのか。

 

自分の感受性くらい

茨木のり子さんという詩人を知ってますか?僕も最近まで知らなかったんですが、友達が教えてくれました。代表作に『自分の感受性くらい』という詩があります。

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志しにすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ

この詩は、戦時中に生活から娯楽がなくなった時、思っていたことを歌った詩だそうです。

戦争がなぜおもしろくないか?それは選択肢がなくなるからです。おもしろいものをおもしろいとさえ言えなくなる。だけど、それすら人のせいにはするなと。どんな状況でも感受性は自分で守れると言ってくれてるように僕は思えます。

それに比べると、現代において自分が感じたことを表現するなんて容易いものでしょう。そして、何よりも大事にしなければならないことでしょう。人に「そんなのおもしろくないよ」って言われた時に、ブレないでほしい。それが何より今から大切になってくると僕は信じてます。

自分が好きだなって感じた人の真偽なんて、自分の目で自分で決めろ。他の誰かに誘導されるな。これを伝えたくて、僕は区役所に行くのをあそこまで引っ張ったわけです。(嘘です)

だけどね、これは人のせいにしても意味ない。自分で守らないといけないものです。

感じたことは、あなただけの大切なものです。それを大事にしない限りは、本当の意味での共感や成長なんてありえない。自分の感じたことを堂々と言えるようになってほしい。そして、自分がそれを言えたらどうなるか?

それは、他の人に優しくできるようになると思います。「あなたはそう感じてるんだね、でも自分はこうだよ」って言えるようになると思います。

僕もまだまだ未熟です。人の目が気になることもある。だけど、自分の中で感じたことだけは大事にしていきたいものです。

自分の感受性くらい自分で守れ、ばかものよ

あなたにはこの言葉がどう響きますか?

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