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失顔症が飲み会に行くとどれだけ大変なのか検証してみた

僕が飲み会に行くのは珍しい。かなり珍しい。昨日は大阪で、とある飲み会に行ってきた。ほとんどが初対面の人。僕にとって大人数の飲み会で初対面ともなるとかなり腰が引ける。

そう、僕は人の顔を認識するのが苦手なのだ。だから初対面の人が多いところに行くのは気がすすまない。いや、ちょっとへりくだって苦手と書いたけどこれは保険。正確には「認識できてない」のだ。相貌失認という症状で、いわゆる失顔症と言われてるやつだ。

僕がこの症状を自覚したのは高校生くらい。それまでは田舎の限られたコミュニティの中にしか生きてなかったから、会う人の数も限られてる。それほど人を認識するのに苦労してなかった。これが数が多くなってくるとそうはいかない。高校生で田舎を出た僕は、一気に交友関係が広がって、そこで限界を知ったわけだ。

顔が認識できないのに人を認識できるってどういうこと?と思う人もいるかもしれない。答えは簡単。

顔以外で認識する。

僕は人を声とか話し方…その場限りではあるが、ファッションで認識するということだ。だから飲み会が好きじゃないって言うとわかってもらえるかなと思う。大勢でザワザワしてると、何がなんだかわからないんですよね。よほど集中してないと、声と話してる内容を覚えるのは難しいということ。それがめちゃくちゃ疲れる。

一昨年、僕はこのことをブログで始めてカミングアウトした。

笑う失顔症(相貌失認)|人の顔が認識できない!僕が抱えてるコンプレックスと希望

2018年4月23日

今でもこのブログは結構読まれてて、たまにTwitterで同じ症状を抱えてる人から連絡が来る。普段は知らない人からの具体的でないDMは完全にシカトしている僕だけど、失顔症の話であればかなり親身になって聞く。誰よりもその辛さはわかってるからだ。

聞いてるとほとんどの人が僕と同じように、高校生くらいに関わる人が増えたタイミングで悩み始めてることがわかる。僕がつながりを急ぐことを嫌う理由がここにある。ゆっくりつながっていく方が都合がいいのだ。失顔症の人にとっては。

いきなりツラツラと「自分は大変なんだ」みたいなことを書いてるけど、言いたいのはそこじゃない。あくまで前提として知っておいて欲しい内容のまとめ。昨日の飲み会は楽しかった。行ってよかったと思う。

主催者の方が春先に挑戦していたクラウドファンディングを「応援したいな」と思い、その中のリターンがどれも原価が高そうなものしかなったので、これだと赤字になるだろうなって思った。「利益が残りそうなのはどれだろ?」と思ってリターンをしげしげと眺め…支援したのがこの飲み会に参加できるというリターン。要は、購入したけど「行けなくなった」と言って不参加にしたら丸々利益やんって思ったわけだ。じゃないと苦手な飲み会なんて選ばない。

ところが、支援した後に色々なつながりもあって、主催者にもさらに興味も湧いてきたのでちょっと行ってみようかな、と思い始めた。「お前、飲み会に参加したら結局原価かかるやんけ」というツッコミが聞こえてきそうだが、ちょうど飲み会の直前に「結局クラウドファンディングが赤字だった」というpolcaが立ち上がってたので、それに支援しておいた。というわけで、かなりの覚悟を持って久々に飲み会に参加したのだ。失顔症の人が飲み会に参加するのは相当な覚悟がいるのだ!

失顔症をカミングアウトする前…僕は飲み会でがんばってたんだと思う。喧騒の中、誰が誰かを少しでも「認識しなきゃいけない」「認識しないと覚えてないと思われて失礼なことになる」と思い込んでいたから、とにかく必死だった。

罪悪感なんですよね、全ては。次に会った時にリアクションがとれなかったら人によってはかなり落ち込む。それを見ると自分がひどい人間に思えてくる。だからがんばってがんばってなんとか認識できるヒントを探してるわけだ。

どーしようもなく疲れた時は、席を外して外で時間をつぶす事もあった。そうすることで直接話したって人を減らす。話したことなければ、次に会った時にわからなくても違和感はないだろう。とにかく必死だった。

ただ、昨日は1番はじめにそれを伝えた。カミングアウトした後なので、特に恐怖はなかった。

もしかしたら失顔症カミングアウト後の初の飲み会だったんじゃないかな?イベントの流れでそのまま打ち上げ…とか元から仲のいいメンバーとかでならあるけど、それだとかなり楽。

要は「飲み会で仲良くなる」に無理があるわけです。僕にとって飲み会は仲良くなる場ではなく、仲良くなった人と行く場なわけです。

開口一番「僕は失顔症という症状があるので、みなさんの顔が認識できないんです」と言える。これがめちゃくちゃ楽。

もちろん、それを聞いて微妙なリアクションをする人もいる。これは昨日がどうとかではなくてね、ふつーに知り合った人にそう言われることがある。「はいはい、わかったから(笑)」みたいなね。自分の知らないことを無意識に拒否する人は非常に多い。

僕はそれはめちゃ自分にとってプラスなことだと思ってて、要は自分の知らないことを無意識に否定してる層とあんまり関わらなくて済むということになると思ってる。

他にもこんなことを言われるもある。

「SNSでは目立ってるけど、会うとそうでもなかった」

これも自分にとってプラス。僕は飲み会とか一気に知らない人が増える場が苦手で、それを認識してからそこに軸足を置こうとしてない。前はそこでもがんばって結果を出そうと話を盛り上げたりしてたけどね。「飲み会でおとなしい=つまらない奴」という薄いレッテルを貼る人と距離が置けるのは非常に助かる。限られた時間を大事に使いたいからね。

さて、長くなってしまったけど僕が言いたいのは文句ではない。こういうことだ。

「自分の欠けてる部分を話すと、わかろうとしてくれる人と、わかろうとしない人がいる」

これは「わかろうとしない人」を悪いと言いたいわけではない。単純にわかろうとしてくれる人が誰かわかるのが、すごくすごく楽なんです。失顔症をカミングアウトしたからといって症状が改善されてるわけではない。でも、すごく生きやすくなった。それは悩みを共有する事で、僕ひとりの穴がみんなの穴になったからだと思うのだ。

わかろうとしてくれる人は、僕が次会った時に微妙なリアクションしてもわかってくれる。失礼な奴だとは言わない。それがものすごく楽なのだ。長年、自分で隠して克服しようとしてた事を気にしなくて済む。これがどれほどの心地よさかは…実はみんなわかるんじゃないかな?と思う。

なぜなら、みんなコンプレックスや苦手としてることがあるからだ。それを抱えて悩んでる、ひとりで克服しようとしてる。それもすばらしい事だとは思うけど、僕はどうにもならない苦手なことなら、克服する時間は出来るだけ減らした方がいいと思う。

だから僕は飲み会に行かない。飲み会が苦手なのを誰よりも知ってるから。そこ以外で勝負する。よく勘違いされるけど、人を覚えれないんじゃないですよ。顔以外で認識するにはそーとー相手のことを知ろうと話を聞かなければならない。だから僕はよく相手のことを覚えてます。どこで何をしてる人で、どんな話をしたか?など。深くつながれる。

簡単につながれる時代だからこそ、深いつながりを強制されるこのシステムはある意味神様からのプレゼントにも思える。顔だけわかる人を増やしても意味ない。僕はゆっくりつながるのが好きです。こんな時代だからこそ、皆さんもゆっくり丁寧につながりましょう。

…あと、こうやって書いてるとたまに「飲みにでも行く?」と言うとやたら喜ばれる事がある。「え、嫌いなのに行くの?」みたいな。僕は一度に大勢の知らない人に囲まれるのが嫌なんです。つながりはゆっくりでありたい。だから知ってる人とは行くよ(笑)

あまりにこういう事を書いてると、いつしか誰からも誘ってもらえなくなってきたので…最後に保険かけてダサい終わり方にしようと思います。

最後まで読んでくれてありがとうございました!

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