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【第1話】旅立ちの時|死に直面した彼は旅に出たいといい、僕はそれに冷静に対応しようとした

いつも通りにゆっくりと起きる朝。3年前に会社勤めを辞めた僕の朝は、必要以上に急かされることはない。そんな生活に自分の怠惰な性格が重なって、絶妙でのんびりしたハーモニーを奏で続けた結果、運動不足という不名誉極まりない賞をいただいてしまった。

2018年の僕は、健康というものを真剣に考えさせられた。夏前に自身が尿管結石になり入院。さらには友達が胆嚢炎で入院と、身の回りで大きな病災が連続しておきた。

偶然も二度続けば何か理由がある。いつのまにか僕らはそういう年代にさしかかっていた。勢いに任せて走り続けた20代から30代前半は終わって、40代を迎えようとしてるんだなぁ。

幸いなことに、僕も入院した友達も退院して元気にやっている。入院前と変わらず、ワクワクする未来に向かって「やりたい事をやっていこうぜ」と、精力的に動いてる…と、言いたいところだがひとつだけ変わったことがある。

それは、友達が「旅に出たい」と言い出したことだ。娘に向かって「お父さんは何やってる人?って聞かれたら、旅人って答えといて」と言い出した彼の頭が心配でしかたない。

彼の名前は楠一成。通称くっすん。子供の頃から自分の欲望に忠実だったという彼は、23歳という若さで起業。めんどうなことはやりたがらないという性格と、なんの下調べもなく「とりあえずやったもん勝ちだろ」という、わけのわからない勢いで進んできたもんだから、当然会社の経営は火の車。20代はひたすらお金に困る日々を過ごしたらしい。時折、懐かしそうにその頃を振り返るそぶりを僕は何度か見たことがある。その会社も、結局は苦労した末に成功し、ようやく落ち着いたかと思った矢先に売却。今はYouTuberを目指してるという…控えめに言ってもわけのわからない男だ。

僕が彼と一緒に働き出したのは1年と少し前だから、当時のことはよく知らない。だけど、立ち上げた会社がうまく回らなかったという過去は容易に想像できる。何をやるにしても根拠のない自信がとめどなく溢れていて…かといって、それをひたむきにやり切るわけでもない。可能性をとにかく手当たり次第、広げに広げまくって、心の底からピンときた物だけ最終的にやるって感じだ。僕は「頭の中でやってくれよ、それは…」と、いつも思う。だけど、最終的には会社を大きくして、たくさんの人を幸せにしている。その結果も悔しいけど容易に想像できる。なかなか魅力的な男なんだよ、くっすんってやつは。

僕がくっすんと一緒にやっている仕事のひとつに、彼の作ったカフェ経営がある。中国地方最大の都市である広島市から、車で1時間くらい走った小高い丘の上にあるカフェ。無類の車好きだと自負するくっすんの長年の夢だったマイガレージをついに建てたのが今年の5月。その隣にカフェスペースが併設してあり、外装、内装ともくっすんの趣味全開で作られている。

やれ、アメリカの西海岸風のテイストだの、吹き抜けの天井からハンモックを吊るしたいだの…毎日毎日、やたら熱量高く、いかにこのガレージがすばらしいかを語られるけど、興味ない僕には全くわからない。僕はむしろポップでメルヘンな雰囲気が好きなのだ。いつかくっすんの目を盗んで勝手にリニューアルしてやろうと密かにたくらんでる。

「横山さん、やっぱり人生は旅だよ、旅。入院して死に直面して初めてわかった。あの時、医者からガン宣告を受けて、残された命を考えた時…浮かんできたのが旅に出たいという衝動。もうこれは行くしかないんだ。そう思うでしょ?」

カフェの経営は全くうまくいってなくて、今日もガラガラの店内で僕らは話してる。問題は、その話してる内容がカフェの集客をどうするか?ではなく、なぜか旅の話だ。

病気になった時、くっすんは手がけている海外ビジネスの関係でスリランカにいた。真夜中に突然、おなかと背中に激痛が走ったらしい。ちょうど二ヶ月前に尿管結石で同じようにおなかと背中に激痛を走らせてた僕は、LINEで報告を受けた時に「お前もついに尿管結石になったか…」と、謎の上から目線を発動させてたけど、スリランカの病院からの診断結果を聞いてびっくり。悪性の腫瘍があって、そのせいで痛みが出ているという…つまりガンだ。ドラマや映画で見たガン宣告はもっと劇的でドラマチックなものだったはずなんだけど、LINEでポンっと届いたその宣告は、まるで「今日は何して遊ぶ?」くらいのカジュアルな勢いで…どこか信じられないような気持になりながらも、心の中は相当動揺していた。

一方のくっすんは、肝がすわっているのか、振り返って話を盛っているのかはわからないけど、意外なほど冷静にその宣告を受け入れることができたらしい。そこで、死に直面した自分と向き合った時に浮かんできたのが旅だったそうだ。結局、日本に緊急帰国して再度診察したところ、ガンは誤診で胆嚢炎だったらしく、命に別状はなかったんだけど。死に直面し損じゃないか。

「いや、くっすん。旅は僕も好きだし、それはわかりますよ。ただ、なんでこの車なんですか?」

旅に出たいと決めたくっすんが買ってきた車は1967年式のワーゲンバスとかいう、ボロい車…車体はサビてるし、中は雨漏りの跡が残ってる。電気系統は動いてないっぽいし、何よりブレーキが効かないらしい。ブレーキが効かないって、まんまお前の人生かよ。人生を賭けた渾身のギャグかと思ったけど、どうやらそうではなく本気らしい。

「いや、これがいいんじゃないですか。旅に出ると決めた時、何に乗りたいか考えたらこれだったんですよ」

成人男性の平均よりも、ちょっと小柄なくっすんは、その身を大きく乗り出して熱弁してくる。入院中に絶食だったらしく、痩せたその姿に迫力はない。ちなみに、痩せる前も迫力はなかった。とにかくやってることに比べて地味なビジュアルをしてるのだ。くっすんという男は。

「いやいや、確かに見た目はかわいくて好きなほうですけど、絶対これ旅には向いてないでしょ。快適さが全くないじゃないですか!1967年って今から51年前ですよ。そもそもこれ動くんですか?」

「いやいやいや、横山さん。考えてみてくださいよ。当たり前の事してもしかたないじゃないですか。快適な旅なんて僕は興味ないんです。このいつ止まるかわからない車で行くのがいいんじゃないですか」

この男が厄介なのは、的外れなことを言ってるようで、極めて重要なポイントを押さえてるところだ。特にビジネスの基本である「競争しない」という点においては徹底している。それを僕がやるかどうかはまた別の話なんだけど。

「いつ止まるかわからない?いや、意味がわかりません。僕はね、旅はスマートで、ゆっくりと心を癒してくれるような…余裕がある旅が好きなんですよ。いつ止まるかわからないとか、そんなサバイバル要素があるものは興味ないです。ひとりで勝手に行ってきてください」

「何言ってんですか!ひとりで行くとかさみしいじゃないですか!横山さんも一緒に行くんですよ。そんなの当たり前じゃないですか!」

一見、破天荒で我を貫くように見えるくっすんだが、無類のさみしがり屋でもある。そう、子供なのだ、こいつは…いつまでも子供が友達と遊んでいたい…その感覚で大人になってしまったかわいそうなやつなんだ。

くっすんは「行かない」と言い張る僕に対して、様々な切り口で説得を試みてくる。でもそれがそもそも無駄なんだよ。何度も言ってるけど、僕は車もアウトドアも興味がないんだ。興味ないものに対して、スペックを語られても無駄でしかない。

僕にとっての旅は、旅館の風情を楽しんだり、日本の文化に触れたり…地のものを食べる。そういう事なんだ。そもそも「旅」という言葉の響きは同じかもしれないけど、概念そのものが違うのだ。言語がもう全くもって違う。

無関心な僕に対し、半ば投げやり気味にくっすんは続ける。

「このワーゲンバスで日本全国回るとか…絶対おもしろいじゃないですか…」

え?待て待て。全国?いや、聞いてないぞ。旅って日本全国回るってことを言ってるのか?どこか目的地があって、そこに行って帰ってくるくらいのイメージで話を聞いてた僕は戸惑う。

「横山さんがこの車で日本全国回るとか、絶対目立つと思うんですよ。目立つの好きじゃないですか」

そう、僕は確かに目立つのが好きだ。僕にはくっすんのように破天荒な経営センスはないけど、持って生まれたビジュアルのスター性がある。僕が目立たないことは、この国にとって損失になるとさえ思ってる。会社を辞めて独立して3年…地道に活動の範囲を広げてはきたけど、この辺でもうひと押ししたいなとは思ってたところ…

「ちょっと横山さん乗ってみてくださいよ、このワーゲンバスに」

え、これに乗るの?僕が?まぁ…確かに車体はかわいくて好きだし、ちょっと乗ってみるくらいは興味あるかもしれないな…あれだけ反対した手前、多少渋る素振りを見せておいて、車体に乗り込む。僕はそういうところの芸が細かい。

「横山さん…めっちゃ似合ってますよ?」

「え、マジで?似合ってる?」

ダメだ、お調子者の血が騒ぐ。似合ってると言われて悪い気はしない。

「はい、なんか60年代のヒッピーみたいな…自由人な感じがしますね」

「え、マジで?自由な感じする?」

自由に生きるは僕のテーマだ。それを知ってて言ってるのか、偶然なのかはわからない。ただ、僕の心が動く核心をついてくる。

「これで走ってたら、絶対目立ちますよ」

「え、マジで?目立つ?そんな目立つかなぁ…?」

目立つ…その言葉に僕はとことん弱い。そう言われると多少の嫌なことも我慢できてしまう性格で39年生きてんだよ、こっちは!

不思議なもので、車のスペックをひたすら語られてた時には全く動かなかった僕の心が、“この車に乗って全国を回れば目立つ”という、体験に置き換えられただけで、とんでもなくワクワクしてくる。

「行きましょう!日本一周!」

目立つことには、確かに魅力を感じる。だけど、待てよ?よく考えろ。最後の最後ではいつだって慎重なのが僕の性格だ。仕事もあるし家庭もある。そんなオンボロバスで日本一周に行くとか悠長なことは簡単には言ってられない。

自分の心に聞いてみる。お前は本当のところどうなんだ?このオンボロで、いつ止まるかわからない過酷な日本一周の旅に出たいのか?…答えはNOだ。うん、やっぱり僕の心は正常だ。考えてみれば死に直面したのはあいつだけで、僕は死には直面してない。旅の魅力に操られてはいない。ホッとひと安心する。わざわざ過酷な道を行く必要はない。その時、心の中のもうひとりの自分が話しかけてきた。

「でも目立ちたいんだろ?」

誰なんだよ、お前は…いつも僕の人生の大事なところで顔出してきやがって。お前のせいで、僕はいつも安定した生活から離れたところにいってしまう。会社を辞めた時もそうだった。そこそこ名の通った会社で、成績も良かった。そこでおとなしく暮らしておけばいいじゃないか…勢いで購入したマンションのローンもあるのに何やってんだよ。

冷静な言葉とは裏腹に、心の中で衝動が沸き起こる。裏腹とはよく言ったもんだ。そうだ、僕は目立ちたい…本心ではどうしてもそれに惹かれる。過酷な旅は嫌だけど、目立てるならそれもアリなんじゃ…いや、でも待て…

欲望と現実との狭間で、なんとか現実側に踏みとどまっている僕に、くっすんが話しかけてくる。

「横山さん、乗ってる姿の写真見てみてくださいよ、ホラ」

そこには、天から授かった才能があった。オンボロなワーゲンバスが醸し出すレトロな世界観と、その相乗効果でひときわ輝く自分の姿があった。というか、これは僕の車だ。これに乗るためにこの儲かりもしないカフェで、ずっとくっすんの興味が湧かない話を聞いてたのか。やっとわかった。

「行きましょう。いつ出発にします?」

結局のところ、僕も子供なのだ。湧いてきた衝動を抑えきれず、いつまでも遊んでいたい子供。次の遊びはおもしろそうだ。何しろ、今までの自分には興味のなかった世界へ飛び込んでいくのだから。ワクワクしないわけがない。

こうして僕らは、オンボロなワーゲンバスで日本一周の旅に出ることが決まった。しかし、この時の僕は、まだこの旅がどれほど過酷なものになるかを知る由もなかった。

※この物語はフィクションです


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横山文洋(yzan)

Yzan(わいざん)こと横山文洋です。広島県の過疎地に生まれ、その境遇から地方活性を理念に日々活動しております。中小企業や個人へのマーケティングアドバイスや、自身の考えや経験の講演活動など行ってます。行動の軸になるのはそれがおもしろいかどうか?伝える手段としてエンターテイメントを最重要視します。

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