8月15日。この日は一般的に終戦の日として知られています。終戦というと、まるで戦争が終わったかのように聞こえますが、正確には1952年にサンフランシスコ平和条約が発効されるまで、戦争は終わってはいません。
平和条約とは、簡単に言うなら戦争を終わらせる為の取り決めみたいなものです。領土や賠償金の支払い、国交の回復などが決められます。なので、この日はあくまで日本が敗戦を受け入れたという事が国民に告げられた日であって、終戦というよりは停戦なんですね。この日以降も、戦争状態は続いているんです。
停戦の日。ぼくは戦争について考えます。そして、大切なのは、悲惨な戦争だった、多くの犠牲者が出た、で終わるのではなく、何故そんなことになってしまったのか?日本は何を守るために戦ったのか?をしっかり知ることだと思う。
あの戦争の犠牲者は、軍部が暴走した為の被害者だという見解もありますが、果たして本当にそうなのか?ぼくは到底そんな風には思えない。あの戦争は間違いなく日本を守ってくれた戦いだったと思う。
目次
大東亜戦争の意義を知ってほしい
戦争には理由がある
停戦だとか終戦だとか、言葉の定義にこだわるつもりは全くなく。この日が日本にとって特別な日で、平和への祈りを捧げる日であることにはかわりないんです。では、なぜこのことに触れたかというと、戦闘が終わったら戦争は終わりじゃないってことを知ってほしいから。すごく当たり前の話なんですけど、戦争してるのには理由があるわけです。国と国との国益や、民族の存続をかけた理由があるのです。
戦闘が終わった後も戦争は続く
勝った、負けたで終わりではないんです。大東亜戦争だと、連合国側から日本への条件があり、占領政策としてそれらは進められていきます。その中に、天皇の戦争責任についての問題もありました。アメリカの議会では、天皇や皇族も戦争罪人として裁くとうい決議がされてます。天皇が裁かれてしまうと、日本という国が消滅する可能性すらあったわけです。
それを回避するために…国家の存続のために誰もがギリギリのところで戦ったのがあの時代。戦闘が終わった後も、国を守るための戦いは続くのです。
大東亜戦争の意義
日本があの戦争を戦った理由は、開戦当時は欧米列強から支配されていたアジアの開放を目指す為、終戦末期では天皇を中心とした日本の国体護持の為です。戦闘が終わった後も、国を存続させる為に尽力を尽くしてくれた人たちがいるのです。日本は戦闘で破れ、甚大なる被害を出してしまったけど、国家の滅亡の危機からは総力戦で免れた。そして、サンフランシスコ平和条約が発行され、戦争は終結した。
ものすごく簡単に言ってますが、これを理解してるかどうかで様々なことへの認識が違ってくると思うのです。戦いたくて戦ったわけでも、負けたからすぐに終わりということではないんですよ。日本はあの戦争によって守られたのです。
日本を守るために戦った当時の人を批判することは許されない
無駄に犠牲者を出したという見解について
あの戦争ではたくさんの尊い命が失われました。それに対して「日本は勝ち目のない戦を戦って、無駄に犠牲者を出した」だとか「軍部が暴走して、多くの国民を無駄に犠牲にした」という見解がありますが、ぼくはこういう意見を見ると悲しくなる。
誤解なきようしっかりと言っておきたいのですが、戦争によって失われた尊い命が、失われずにすめばどんなによかったかとはぼくも思います。日本の為に命を捨てるという行為を、盲目的に美談としてとらえるつもりはないんです。ただ、それを無駄死にだったとするのはあまりに短絡的ではないかと思うんです。
まず、戦争には目的があって、日本にとってあの戦争は自衛の為の戦争でした。欧米列強の植民地支配から日本を、アジアを守るために戦いました。欧米からすると、まさかアジアの小国が植民地支配に抵抗してくるとは思いもよらなかったでしょう。
これ、間違ってほしくないのは、当時はそういう時代だったんです。欧米からすると、抵抗してきた日本を徹底的にたたいておく必要があったんです。この時点で、話し合って解決しましょうという構図ではないんです。
幕末の薩英戦争からわかること
ちょっと話は変わりますが、幕末の薩英戦争をしってますか?これ、近代化してなかった薩摩軍が、イギリスに一方的に大敗したと言われてて、一見すると無駄な犠牲者を出した戦い。どう考えても勝ち目はなかったですから。ぼくもそう思ってたんですが、どうもイギリス側の見解としては違うようです。
命を捨てて日本刀を振り回してくる侍たちを、イギリス側はあっさりと撃ち殺していく…状況だけ見ると、日本簡単に制圧できるじゃん!って感じなんですが、イギリス側としては、とてつもない恐怖を感じたらしいです。
イギリスがこの時、日本全土を武力で制圧しなかったのは、侍に恐怖を感じたかららしいです。日本全土で侍が奮起して向かってくると考えると、とんでもない犠牲が出るだろうという事を感じ、それを避けたかった。この話は、個人的な見解ではなく、実際にイギリスの士官学校で教えられていることだそうです。
これと同じようなことが、大東亜戦争での日本の戦いにも言えると思うのです。無駄だと言われることもある硫黄島の戦いも、沖縄での地上戦も、特攻隊による命を賭した戦いも、全て欧米にとっては恐怖だったのです。
日本滅亡計画『ダウンフォール作戦』の決定を遅らせた理由
事実、アメリカは日本本土上陸計画という作戦を立ててました。作戦名はダウンフォール作戦、日本滅亡作戦です。このダウンフォール作戦はアメリカ内部でも相当な論争を巻き起こしました。作戦を実行すれば、アメリカ側にも相当な被害が出てしまうことは、それまでの日本の戦いから予測できる。被害の規模を考えると、実行すべきではない。海上封鎖などで、ジワジワ苦しめるだけで十分だという主張と、戦争の早期終結のためにどんなに犠牲が出ても実行するという主張で大きく割れました。
最終的には、作戦は承認され実行されることが決まってました。11月に九州に上陸、そこを拠点に翌年3月には関東上陸し、化学兵器も使用される予定でした。戦闘が終結し、実行されることはなかったですが、これが実行されてたら文字通り日本は滅亡してたかもしれません。大げさでなく、あの時代に本土上陸して首都を占領されるということはそういうことです。
この作戦の決定を遅らせたのは、前述した通り、アメリカ軍にも大量の被害が出ることが容易に想像できたから。それは、間違いなく命をかけて戦い、決死の抵抗を見せていたからなんです。無駄な戦いじゃなかったんです。あれがなかったら、本当に日本全体が侵略されてたかもしれない。日本は無くなってたかもしれない。ぼくらは生まれてなかったかもしれない。
戦いの成果は勝つ負けるの二択ではない
現実を見てほしい。あの時代、欧米列強に敗れ、植民地にならなかったのは日本だけなんです。それは間違いなく、支配してくる相手に抵抗を見せたから。勝つ、負けるの2択じゃないんです。命をかけて抵抗を見せたこと。それが今の日本の存続につながってるということなんです。これを考えずに「無駄な犠牲者を出した」というのはあまりに当時の人に失礼なんじゃないかと思うのです。
ぼくは「いくらでも犠牲者を出していい」って言ってるわけじゃないんですよ。ただ、当時の世界情勢、日本が置かれてた立場。その中で必死になって日本を守ってくれたのが当時の人たちの真意を知ってほしいのです。そりゃ戦いたくなかったと思うし、平和に生きたかったと思う。それでも、国が無くなってしまえばそんなこと言ってられない。それらを全部把握した上で、戦ってくれたわけです。
それをもし、73年後に生きる人たちに「無駄だった」なんて言われたら、ぼくなら耐えれない。
想像もできないでしょう。でも、今の時代の価値観で当時を裁くことなんてできないのです。解釈は様々だろうけど、それだけは事実なんです。
最後に
停戦の日。この日にSNSやニュースを見てると、やっぱり「無駄な犠牲」という言葉が目に飛び込んできます。戦争での犠牲者はない方がいい、それは間違いないです。「死ななくても良かったのに…」という思いからそう表現する気持ちもわからなくはないです。
ただ、あの植民地支配が当たり前だった帝国主義の時代、戦わないということがどういうことになるかには、しっかりと目を向けないといけないと思うんです。日本は、本当に本当に総力戦で、多くの犠牲の上に、欧米列強に「簡単には支配されない」という強い意志を示したんです。戦闘には敗れたけど、日本を存続させることができたのは、戦ってくれた尊い命のおかげなんです。
犠牲者が出た⇒戦わせたのが悪い⇒勝ち目はなかったのに責任は誰だ?
というのはあまりに短絡的で、当時のことを何も見ていない。今の価値観で考えると、戦争の為に命を捨てるなんてありえない。そりゃそう思うでしょう。だけど、国を滅亡させようとする相手がいる時に、そんなこと言えますか?当時はそういう世界情勢だったんです。祖国を守るために、大切な命をかけて戦ってくれた人たちを無駄なんて言葉で貶めるのは、絶対に許されないと思うのです。
ぼくはこの8月15日に、今があることに感謝を示し、犠牲になった人に心から祈る。その上で、国際社会が二度とあんな戦争に向かうような情勢にならないことを心から願います。