意外かもしれませんが、僕は時代の流れに合わせるのがどうしても嫌でした。

基本的に新しいものを嫌うし、なかなか今いる場所から動こうとしません。

 

スマホが出てきた時もなかなか変えなかったし、電子書籍も絶対に無しと言い張ってました。

amazonで買い物するなんて非国民だと思ってましたし、ショッピングモールですら受付けなかった。

クレジットカードなんて絶対に持ちたくないと言ってましたし、ポケベルも反対派でした。

 

電卓なんてもってのほか。

男は黙ってソロバンだろ!と、クールポコのような事すら言ってました。

 

ちょっと途中から言い過ぎましたけど、あながち全部嘘ではないです。

でも、今は全て利用してます。とても便利。

 

新しいものが出てくると、古いものが淘汰されるような気がしてました。

それにひとりでも抵抗してやろうと。

思えばずいぶんと無駄な時間を過ごしていたなぁと思います。

大事なのは共存することだったんですね。

 

 

あなたが望もうが望むまいが、時代は変わっていく

恐らく、これは僕の育ってきた環境にあると思います。

僕の実家は売り酒屋で、90年代の規制緩和を境に商売が先細っていきました。

その時に、時代の変化はよくないものと思い込んだのだと思います。

 

その時にやらなければならなかった事は、時代の変化を嘆き、恨むことではなく対応していくことだった。

幼い頃から跡を継ぐものだとばかり思ってた稼業を、継げる見込みがないとわかった時に感じたどうしようもない悲しみ。

それがきっと変化を悪と捉える認識を植え付けたんだと思います。

 

望もうと望むまいと、時代は必ず変わっていく。

 

それに逆らう事を考えるのではなく、その中でどのように対応していくかが重要だってこと。

これを身に染みて体験することができたなって思います。

 

 

いちばん怖いのは無関心でいること

今ではすっかり時代は変化するものだって言いきってます。

でもたまに思うんです。

あの時、抗う考えを強く持っていたのも悪くなかったなって。

 

強烈に反発していたのは、紛れもなくそれを意識していたことの証拠。

つまり、時代の変化にもともと無関心ではなかったってこと。

 

時代が変わる事の恐ろしさを、身をもって知れていたというのは財産だったということですね。

 

大事なのは、自分ができることを世の中に還元していくことです。

そう考えると、時代の変化に対応していった方が楽で楽しいなってあっさり思ってしまった。

いちばん恐ろしいのは、変化に鈍感で何も感じずに生きていくことなんでしょうね。

 

 

まとめ

便利なものをどんどん取り入れていくと、生活が豊かになります。

仕事も効率化する。

 

でも、それによって失われたものを想像することをやめてはいけないとやはり思うのです。

 

新しいものを使っていく中で、はっきりとわかりました。

 

僕は、新しいものが欲しいのではなく、それを使っている人の気持ちが知りたかったのだと。

 

新しく便利なものと戦う時に、なぜ人がそれに流れるかを知らずして考える事はできません。

戦うと書きましたが、大事なのは対抗というより共存することです。

 

そっちはamazonに任せるから、オレはこっちを独自化していくよ!

というようなもの。

 

そう考えるようになって、時代の変化を楽しめるようになりました。

楽しんだ方が弱点もわかりますしね。

 

 

今日伝えたかったことは、そんな感じです。

好きと嫌いは裏返しとは、本当によく言ったものだと思います。